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此花区
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実家の近くには美味しい料理屋があまりない。

しかしそんな「グルメな僕」が一押しする
一番好きな店が、「此花区の王将」である。
ベタなチョイスと馬鹿にされるだろうが
この店の焼き飯はどのチェーン店よりうまい。
あの焼き飯は小さい頃
よく親に連れられて食べに行った。

それからというもの
どこの王将に行こうとも、焼き飯セットを頼むようになった。
決まって焼き飯には醤油をかける。
味見もせずにかける。
癖というものは怖いもんである。


今日、久しぶりに一人で王将へ行く。
昔からいるシルベスター・スタローン似のおっちゃんは少し老けていた。
しかし、いつも焼き飯をいためているおっちゃんがいなかった。
代わりに、若い衆がその調理場に立っている。

いつもどおり、焼き飯と焼きそばを頼んだんだが、びっくり。
味が違っていた。
かなりショックだった。
人によって、料理の味も変わるんですね。

仕方がない。

時代は変化するんですね。


飯を食っていると、中山美穂の昔の歌が流れてきた。
この店は何故か流行の歌謡曲が良く流れていた。
なのに何故‥
でも、この歌、昔にもここで聞いたような気がした。
気のせいかもしれないけどそんな気がした。


今度はまた
おやじとおかんと来たいなーと思った。
理由は
いつも食べる海老天を一人では頼めないからである。

東京から帰ったら、また来ようと思った。
[此花区]の続きを読む
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蕾と春の雪
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そろそろしつこい冷たい風に滅入ってきた。
相当たちが悪い。

しかし、微妙に春の日差しが暖かく
冬の名残を塞き止めているよう。

複雑な心境。春を喜べない。

勘違いをしたかのように
桜の蕾が恐る恐る顔を出す。

南国にいたせいか
この頃春の感覚が少し鈍っている。


今日もひつこく研究室に向かう。
(仕事が残っていただけなんです。)
すると先生がまたお別れ会をしてくれた。

もうすでに3回目。
さすがに今日が最後なんで、
「寂しい」気持ちが押し付けがましく訪れる。


ちょっと酔った所で研究室を後にすると
こらぁびっくり。雪がちらついている。


京都の思い出が蘇える。
最後の夜にふさわしい、
実にロマンティークな夜だったと思う。
おっ けいはん
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京阪電車もおさらばだ。
淀屋橋~出町柳区間は最高の贅沢をさせてくれる。

何かしようといつも何かしら暇つぶしセットを持って乗るんだが
結局本を読むか
寝るかでこの最高の区間は終わる。

ご用達、先生も同じ事を言っていた。


おけいはん先生である
京橋けい子さんは実は24歳であることに気づいた。

年下‥。

前のおけいはんさんから今のおけいはん先生に交代するときは
随分悲しかったが
今のおけいはん先生もだいぶご活躍のようである。

しかし、何故東証一部に上場したのかについては
少し疑問ではあるんだが。
東京にも京阪が作られるのなら、大歓迎ではあるが。



話は変わって
今日も結婚パーティー幹事グループで集まった。

やはり指数的に別れの儀式が最近増えている。
「もう少し、お前、実感を持て」といわんばかりに。


ただ
「ありがとう。」としか言えないだが、
せぇいっぱい
「ありがとう。」を言いたい。


ふぅ。ガンバロっと。
Big
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大阪に帰ってきて、
昼は先生ん宅でお別れ会。

そして夜には、
小学校来の友人達にお別れ会をしてもらった。


彼は言う。
「お前は一体何を目指してんねん。」

未だにわからなくて、
だから僕は走っているんだと思っている。


がんばれ。
と簡単に言ってくれる彼らが誇りに思える。

でも感傷的にならざるを得ない
複雑な気持ちになったことも事実であり。


愛情たっぷりの品のない大阪弁は、
罪だなーと思いながら、
僕は自分で自分を励ましていた。
[Big]の続きを読む
京都風鶏館
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今日、引っ越ししました。


学校からはだいぶ遠かったのですが、
ここに住めて良かったと思っています。


とりあえず、残りの期間は
大阪でゆーくりしたいと思います。
京都 ポスト デジタル
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いつか



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デジタルとアナログの調和が叶ったらいいな。



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そー。模索してみる。


雲一つ無い京都の
晴れた日に。
修了
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先生が言った。

「嵐のような2年間だったね。」

先生が寂しそうにまた言った。

「2年間は短いね。」


これからは、限られた期限などない。

だけど

この嵐の如く過ぎた2年のように

これからも生きていければいいなと思う。


肌寒さが残る通学路。
2年前の入学式の匂いが若干感じられた気がする。
ただんま
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磯の匂いを久しぶりに嗅いだら

元気が出た。

与論島はかわらんままだった。




酷く悩まされた腹痛もそろそろ潮時であり。

明日は卒業式で気持ちの切り替えもままならず。


溜まりに溜まった日記とは
なぜこんなにも書くのが億劫なんだろう。


でも。
ちょろちょろと書きます。


では。
今日はこれでおやすみ。


何も無い
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ヨロン4日目。


僕はふと思って彼女に聞いた。
「もし自分がここで生まれていたらどうする?」


人間はパッシブになってしまった瞬間
便利なものについつい豊かさがあるのだという幻想を抱く。

実は1から10が生まれることを忘れ
怠惰に陥り
温もりさえ心の中からほっぽり出す。


僕もきっとこの島に生まれたら
外の世界を夢見るに違いないんだけれど。


何も無い世界なんてありえないのに
無意識に
「何も無い」なんて僕は言ってしまった。


風はひどく強い日で
雲の流れも早い。
けど、僕らの「時間」は十分すぎるくらいある。


心を豊かにするために
ここにまた、戻って来ようと思っています。
えらい
ヨロン3日目

今日は観光の日になった。

といいたいがハイキング日になった。

与論島は車で40分あれば一周できる小さな島である。

僕らは当ても無く、歩くことにした。
なんかあるだろうって。

てくてく歩く。

ハイビスカスが咲いている。

ひたすら歩く。

またハイビスカスが咲いている。

海抜98mのサザンクロスセンターに着く。

風力発電の横を通る。

黄色いハイビスカスも咲いていた。

ついには東側の民族村までたどり着いた。


すでに昼過ぎ。
腹も減った。


しかし飯屋が無いのでまた歩く。
バス乗り場をやっと発見する。


そして1時間に一本訪れるバスを待っていた。


そしたら
ワゴンに乗ったおじさんが突然
「茶花まで?乗る?」
と言ってきた。

何故か、2回目ヒッチハイク達成。

「観光の人は、すぐわかるんよ。」

僕らが西から東へと歩いたと言うとおじさんは

「えらい。」

と言ってくれた。


もう一人後部座席におねえさんが座っていて
看護の仕事でヨロンにきて1年半くらいらしかった。

「ここ、なんもないでしょ。」

苦笑いで言っていた。


与論島の人は、優しい。
気さくだ。


だから僕は、ここに戻って来たんだとも思っていた。



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きれいなほし
ヨロン2日目


ダイビングをする。

やっぱり綺麗だった。ヨロンのうみ。

楽しかった。


午前中で終わって
一緒にもぐった友人たちと別れた。

彼らは船で那覇に発つ。

やけに青い空が寂しさを増させる。


僕らは
その後行く当てが無くなり
昔よく行ったシーマンズビーチに行く。

懐かしい。

しかしシーズンオフで誰もいない。


とぶらぶらしているとおっさんに声をかけられた。
折角なんで百合が浜に連れてってやるとのことだった。

で、乗せられたのが「みゆき号」。

昔おっさんが滋賀に上京しているときに惚れた女の名前らしい。
親に反対され、一緒にヨロンに戻ることができず
未練ながらに、このボートに名前が刻まれていた。

おセンチになったのでボートで百合が浜へ。


ヨロンの海から見えた夕陽も圧巻だった。

あのセピアに光ったボートからの風景は
一生忘れないかもしれない。


ボートに乗った後
僕らは東海岸から西海岸の宿までとりあえず歩くことにした。
遠いことはわかっていたんだが。とりあえず。


すると後ろからケイに乗ったおっちゃんが
「茶花まで?乗る?」
と行って来た。

なんでわかったんやろ。
でも、嬉しかった。
それだけで、僕は満足だったかもしれない。


茶花といういわばヨロンの中では銀座通りで降ろしてもらった。
そこで夕飯を食べるつもりだったが
昼過ぎに食べたもずくそばが胃をまだ邪魔していたため
ぶらぶらして空が暗くなり始めて僕らは宿に帰る。

タクシーに乗った。

「空がきれいですね。」と彼女が言うと
運ちゃんは急にタクシーを止めて
ライトを消してくれた。

粋だ。

真っ暗な町から綺麗な星がくっきりと現れる。

そして運ちゃんは
「夜になるとさそり座が出てきて
 そのしっぽから天の川になるんですよ。」
など、
つらつらと星の話をする。

星のことなら、何でも知っているでしょうね。
いつも星を見ているから、何でもわかるんでしょうね。

僕はその運ちゃんが羨ましかった。
僕がわかるのは北斗七星か、オリオン座か、そのくらいなのに。


ヨロンの人はなんか広いなーと
僕は意味もわからないことを思っていた。


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きれいなうみ
ヨロン1日目


インドからの調子が続いていていまいち調子が悪い。

特に胃が‥

なので今日、着いてからダイビングは控えた。


風がいやにきつい。
一緒にボートまで乗ってみたがさすがに寄った。


でも
綺麗な海であった。

相変わらず、あいも変わらず。


もうあれから3年が経ったなんて
嘘のように思えた。


ブクブクダイバーさんは
僕らが帰ってきたことが、実に嬉しいようだった。


胃弱ながら
笑いには困らなかった。

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Way From India
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行って見たらわかります。


生身の人間に出会えます。


嫌気も喜びもその分。ずっしり。


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帰ってきました。


薄着がきつい。
これは季節はずれか、季節が遅れているのか。


とりあえず明日からヨロン島へ。


日記はまた後日、つらつらと。
リターン・インド
インド10日目(最終日)

○主な出来事
インドのバスに飛び乗る→国立博物館→歩いて再びコンノートプレイス→映画のサントラをゲット→ゲストハウスへ戻る→手相を見てもらう→サイババのシールを買う→空港へ



物を頼りすぎる人間と
物をあまり持たない人間。

一体我々は何を自負し、何を卑下するのか。

先進国にいる人間だと思い込んでいる我々は、
一体何に対して先進国だと言えるのだろうか。

いい加減だと馬鹿にされる彼らの、
何が劣っているというのだろうか。

国を成立させるためには、ルールなどが本当に必要なのか?



重いリュックを背負いながら、
また、彼らの優しいハニカミに出会うたびに、

僕はそう思っていた。


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国立博物館へ行く。
そこまではバスに乗った。
バスは意外と快適で、中の人たちも親切に
降りる場所を教えてくれた。

インドにしては綺麗な町だった。
インド門や国会議事堂がすぐそこにあり、
別世界に感じられた。

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その後、映画のサントラを探しに、
もう一度コンノートプレイスに向かう。

歩き回ってくたびれて、ゲストハウスに戻ってくると
怪しいおっさんに捕まる。

手相を見てくれる人だったんだが、
かなり抽象的なことばかり言われた。

でも、
「あなたはもう一度インドに戻ってくる。」
といわれる。

それは当たっているような気がした。


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ゲストハウスに戻って、一息。
空港に向かう。


濃厚な旅であったのにもかかわらず、
あまり寂しさはない。


恐らく、また来ようと思っていたからだ。と思う。


わけがわからない彼らに、
また会いたいと、飛行機の中で僕は思っていた。

パリカ・バジャール
インド9日目

○主な出来事
ニューデリー到着→宿を探す→コンノートプレイス散策→映画のサントラを探すも失敗→耳掻き職人に出会う→インドのマクドへ→夜の屋台


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列車で朝を迎えたのだが、
ドアを勝手に開けて、
濃霧に現れた朝日を見ていた。

実に幻想的だった。


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彼は言う。
「この景色、日本には、ないね。」


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インドについて、コンノートプレイスたる、
ニューデリーの中心地に行く。

高級な感じがした、町だった。
高層ビルもちらほら。
インドじゃなかった。


綺麗な芝生でのんびりする。
そこら中にインド人が寝転んでいる。

僕はインドに来て何回も思ったんだが、

「おまえら、仕事しろよ。」

人が多くて、きっと労働力も余っているんだろうな。と思う。


そこで耳掻き職人が現れた。
僕はなすがままやられてしまって、ぼったくられそうになったが、
どうにか大損はしなかった。

どうやら悪い人ではなさそうだったので、
僕は笑いながら交渉していた。

彼らも、じゃれるのが楽しそうだった。

変な集団だったなー。

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その後、インドのマクドへ。

マンゴジュースをお土産代わりに大量に買うと、
店員に笑われた。
僕も、少し恥ずかしかった。

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夜は屋台を見に行った。
夜は出歩くと危ないらしいが、最後の夜なので出てみた。

うまそうなマンゴーを買って、ゲストハウスで食べた。

大変美味であった。
ハッピーホーリー
インド8日目

○主な出来事
ホーリーフェスティバル→町へ繰り出す→夕方、バナラシ駅へ→ニューデリーに向けて寝台列車に乗る


彼が言う。
「来たときより、インドが好きになった。」

また彼が言う。
「インドは儚いね。」

ある日本人が言った。
「意味がわからない。だから来て見たたかった。」

またある日本人も言う。
「(凄いと聞いて)来て見て、本当にそうだと思った。」


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今日はホーリーという祭の日。
階級など関係なく、色つきのものを全身に塗りたくって
楽しく騒ぐ、国家的な行事だ。

町には色んな色に塗られた人たちが歩いている。
酒やドラッグで狂った人たちが歩いているから気をつけるんだよ。
とオーナーが言ったので、
僕らはびくびくしながらも街に出た。

確かに、みんな狂っていた。
正直、怖かったんだが(どこかに連れられそうになったり)、
インド人と楽しさを分かち合えた。

楽しかった。


ゲストハウスで必死になって色を落とし、
(なかなかとれなくて苦労した)
バナラシの町を後にする。
ニューデリーにまた、帰るのだ。

いい町だった。と思った。


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ばたばたしていて、
ゲストハウスのスタッフの青年にお別れができなかった。
せっかく仲良くなったのに。

バナラシの駅に着いたが、
その痞えが取れなかった。

もう二度と会えないかもしれない別れが、一番辛い。
一言の「挨拶」が、あんなに大事だとは思わなかった。


やっぱり僕は、インドを好きになっていたと思う。



やっと、列車の寝台で眠ることができる。
意外と快適な夜だった。
インデュアイ
インド7日目

○主な出来事
ボート遊覧、朝日を見る→中心街へ→インド映画鑑賞→ホーリー前日の騒ぎ

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朝、ボートに乗りながらガンジスからの朝日を見る。
今日も実に綺麗だった。
思わず、掌を合わした。

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ボートからはガートを眺めることができる。

洗濯をするインド人。
沐浴をするインド人。
祈りを捧げるインド人。
歯磨きをするインド人。

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何でも絵になる。
建物が橙色に染まって、空は青かった。

「心が常に穏やかでありますように。」
もう一度祈った。


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ボート漕ぎの青年は訛った英語で言っていた。

「インデュアイ、インデュアイ」

多分僕は、エンジョイのことを言っていると解釈した。


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もちろん、楽しんでますよ ^^



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ホーリーという祭りが明日行われる。
色つきの粉やら水を、掛け合う、楽しいイベントである。

子供たちは先走っていて、僕らもその被害にあう。


夜、ホーリーの前夜祭で街がうるさい。

インド人はやっぱりパワフルだと思った。
ゴット・ユー・ヘルプ
インド6日目

○主な出来事
朝日を身に、ガートに出る→インド人の沐浴→瞑想→バナラシヒンドゥー大学を散策→寺院→博物館へ→バナラシの中心街へ→路地裏散策

「管理」の必要性について。
日本に住む方々は、自己管理を重んじている。
自分の身の回りのことについてしっかり管理できていることが
美徳であるとされているだろう。

でもこの国に来てはそのようなことはまったく通用しない。

管理って何?
本当に必要なの?
いい加減が悪いことなの?

僕はよくわからなくなっていた。
特に僕らは3人できていて、
共通費たるものを一人が管理していたのだが、
こんな国で全ての支出に対してきっちり管理する姿を見て、
少なからずの矛盾を感じたのは、事実である。

この国には節約という言葉は存在するのか?
そういうことまで考えた。


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面白くない話はさておき。

朝日とともに
バナラシのガート(河沿いにある階段のようなところ)を歩く。

朝日は霧の中から出てきて、真っ赤な様相をしている。

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神の力を信じるつもりはなかったが、

「God you help」

インド人の彼が言った言葉を、少し信じたい気持ちにもなった。


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(ここの人たちはいつもこの朝日を見れるんだ。)

日本にいたら面白くないことを考える。
どうして僕は生きているんだ?とかなんとか。

インド人は能天気かもしれない。
でも、ここにいる人は複雑なことを考える必要などない。と思った。

こんな綺麗な朝日があれば、
生きる意味に苦慮する必要など、まったくないと思った。
生きる喜びは、いつもすぐそばにあるのですからね。


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中心街へ向かい、路地裏を散歩する。
迷路のようなところだが、
狭い道であるため、インド人との距離が近い。

子供は元気で、
「フォト、ミー」と連呼してくる。

楽しい現地の人たちのコミュニケーションから、
いい加減なインド人を許せるようになってきたように思う。
ガンジス・シティー
インド5日目

○主な出来事
朝バナラシ駅到着→リクシャーのおっさんに軽くぼったくられる→ホテルテンプルオンガンジス到着→バナラシの町散策→夜のコンサート

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人間はネガティブな事柄のほうが印象に残りやすいのだろうか。
地球の歩き方を見て大概の人が注意を払うのは、
「注意書き」のような気がする。

僕もインド人の強烈な個性に、
一日のバイオリズムを激しく翻弄されていたように思う。

列車の中で連結で寝ていると、
シーツを提供してくれた車掌さんがいた。
バナラシの町について、優しく色々教えてくれた人もいた。

しかし、10時間の旅のあと、安堵する間もなく
リクシャー(小さいタクシー)のおっさんに騙されたり。

嫌になったり好きになったり。
インド滞在半ばが、一番微妙な時期だったと思う。

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ここ、バナラシは実によい町だった。
天気が良かったのもあるが、
聖地ともあって、人も町もさわやかなオーラがあった気がする。

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今日は旅の疲れか、
ゆっくりすることにした。

歪んだ胃の調子も一休みさせる。

夜、ゲストハウスでコンサートとという名の、
ヒンドゥーの集会があって、僕らも一緒に参加した。

みな宗教といえども、なぜか楽しく唄っていた。


インド人はパワフルだと思った。

インダス・レールウェイ
インド4日目

○主な出来事
6時起床:ダージマハールへ→へろへろになりながらゲストハウスに戻る→寝る→ひたすら寝る→マヤゲストハウスを出る→ツンヅラ到着(バナラシへ)→列車が遅れることを知る→ホームを跨ぎ違う列車に飛び乗る→車両の連結で夜を明かす

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体調不良ながらも朝からダージマハールに行く。
朝のほうが人が少なく、綺麗だということから。

インド人の物売りが相変わらず朝から付きまとい、
僕はなんだか苛立ちも覚えていた。

しかし、それとは打って変わってダージマハールは実に綺麗だった。
まるで張りぼてがそこに立っているかのように見えた。


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昔、帝国の王が作らせた墓だそうだが、
インドの権力社会の恐ろしさが伝わる建物である。

権力を否定したい人間なのだけれど
権力があるから人を魅了するものができるという切ない事実を、
受け入れざるを得ない気持ちになった。


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再びゲストハウスに戻った。
僕は今日の深夜特急に備えて、只管眠った。
あんなに眠ったのは、よく考えれば久しぶりだった。


夕方、アグラを出る。
ツンヅラという町に行き、そこから寝台列車に乗り、
バナラシというガンジス河の聖地に向かうのだ。


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しかし、ツンヅラから列車を乗ろうと待っていても、来ない。
不審に思って駅員に聞くと、
僕らの列車は明日の朝に着くということだった。
信じられない遅れ具合。
さすがインドである。

そこでまた駅員さんにまた問い合わせると、
向かいに見える今来た列車に飛び乗れということだった。
走れ。走れ。ということだった。

まったくわけがわからなかったが、
僕らは必死で走ってホームを跨いだ。
生まれて初めて、ホームを跨いだ。
がむしゃらに列車に飛び乗ったのだ。

しかし、寝台の席が空いていない。
僕らは仕方がなかったの、
トイレ臭く、隙間風も激しい車両の連結部分で、
一夜を過ごすことになった。

僕らは朝を待たず、この列車に乗ってよかったのか。

そんなことより、どきどきした。
インドに来たような気がした。
面白かったからいいとしよう。

僕の体調は、いつの間にか回復していた。
チャイチャイチャイ
インド3日目。

○主な出来事
ジェムにて朝食→ニューデリーにて電車に乗る→物売りにしばかれる→アグラ到着→マヤゲストハウス到着→アグラ散策→体調不良→就寝

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初めてインドの列車に乗る。
2等列車らしかったのだが、かなり中は雑然としていた。

列車に乗った息子を送る母親が
お金を無理やり渡している光景を見て、
どこの国でも同じなもんだと思った。

3人座りの座席に見知らぬおっさんがいて、
なぜか僕らは4人で目的地まで行くことになり、
未だに彼の存在の謎は解けないでいる。

いろんな人が物を売りにくる。
それがインド列車の楽しみというもの。

小さな子供が芸をしにきた。
チャイチャイチャイと通り過ぎるチャイ屋。
変なおもちゃ売り。
スナック売り。

変な女性の物乞いまで現れて、
なぜか僕は彼女に顔を叩かれてしまった。
前に座っていたインド人に
「彼女は一体誰だったの?」と聞くと
「僕らもわからない。」
と笑われてしまった。

気さくなインド人と列車の中、
少しだがコミュニケーションをとって楽しかった。

アナウンスなどあるはずがないのだが、
インド人は優しく、僕らの降りる駅を教えてくれるのだった。


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4時間という時間を経て、アグラという町に到着。
ここはダージマハールという世界遺産で有名な町。
ニューデリーとは異なり、郊外の雰囲気が漂っていた。

早速宿を探し、時間が余っていたので外を散策することにした。
しかし、ニューデリーと同じようにインド人の客引きが沢山いる。
僕はここでもか…とついつい思ってしまい、
なんとなく、インド人のシツコサにまいってしまう。

精神的にやられたのか、
体力的に疲れていたのか、
僕はここに来て漸く、嘔吐と下痢を発症させてしまった。

動けない。
胃酸が出るまで吐き、肛門からは水が出る。

インドという慣れない環境と
インド人という変わった人種の全て嫌になり、
僕はネガティブな人間になってしまった。

「もう嫌だ…」

魘されながら、僕はそう思っていた。
ジェム

インド2日目。

○経路
ゲストハウス→カロルバーグ(メトロ)→ニューデリー→デリー→レッドフォート→ヤムナー河→ニューデリー→アジャイゲストハウス→ジェム(レストラン)


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早朝から僕らはデリーの街に飛び出した。
方位磁石をもとにあてもなく歩く。

「初めて」のオンパレード。

インドのメトロ(地下鉄)。
変な乗り物(人力自転車)。
列車チケットの購入。
インド人との接客。
屋台での立ち食い。
目立った階級制度。
ひつこい客引き。
ヤムナー河での火葬風景。
野ぐそ文化。

一方僕らは。

片言の英語と全身を使った身振り語。
苦肉の思いで搾り出す笑顔。
インディアンとの対応は、体力を使うことを知る。


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ニューデリーの町は忙しい。

しかも
人糞、小便、牛の糞、お香、生ゴミ、屋台、
チャイ、埃、車の排気ガス。

様々な匂いが僕を襲う。

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ジェムというレストランにて日本人カップルと相席になる。
夕食。インド料理が美味しい。

当然、やんやと楽しい会話になった。
彼はビールを瓶ごと呑み干しながら言った。

「旅の価値が自分自身が決めるべき。」

彼は相当インドを好きなんだな。
と僕は思っていた。

彼らも、僕らが向かう町に行くらしい。
「また会いましょう。」と言いながら、彼らと別れた。


色濃い一日が終わる。
大分疲れたことは、確かだった。
今日で二日分生きた。 そんな感じがした。
アライバル
インド初日。

辿り着く前の飛行機。
僕はこれまでの疲れからか、フライトのほとんどを睡眠で過ごした。


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正直、覚悟が足りなかった。


夜22時ごろ。インド到着。
空港に辿り着いてホテルまでの手配は済ませていたんだが…


あの運転。
あの運転手。
あの英語のなまり。
あの車道。
あのクラクション。
あの車線変更。


見事に衝撃を隠せず。

興奮冷め止まぬまま
とりあえず、今日は寝ることにした。


たぶん。
いや、たぶん。

覚悟が足りなかっただけだと思うんだ。

Way To India
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インドに行ってきます。


しばらく日本を御暇します。



変わらない自分は何所に滲みついていて
変わりたい自分は何所に隠れているのか。



探してきます。




あぁ。どきどきしてきた。




イッテキマス。
後回し
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ついつい
物事を後回しにするのが僕の悪い癖だ。

そのお陰で
明日から旅行なのに今日はいろんなことに
自分を振り回す。

まず朝は出町柳に放置していたチャリを
ひやひやしながらバスに乗ってとりに行こうと起きる。

だがしかし、財布を忘れたことに気づき
一本バスを逃す。
20分に一本の貴重なバスを… -ん-;

願いが叶ったか
今日は撤去されずにチャリは残っていた。
よかった。

その後、ニックに急ぐ。
川端通りの星。ニック。

でもお目当てがない。
お目当ては変圧器だ。

どどど。次は高野のコジマに走る。
しかし、ない。どーなってんだ。
コジマは量販店ではないのか。
変圧器を諦め
隣の薬屋さんで正露丸をゲット。

次は真迎えの丸山書店に。
インド指差し会話の本をゲット。

良く頑張りました。
だかしかしこの時点で午後12時きっかり。

日は傾くかと同時に再びうちへ。
ケータイの充電がやばかった。

洗濯もんを干す。
ビンを近くのスーパーまで捨てに行く。
コタツ布団をクリーニングに出す。

リベンジでタニヤマムセンに変圧器を買いにいくも
惨敗。

その足で河原町今出川の三菱東京UFJさんへ。
口座の手続きを済ませ
旅行のためのカネをおろす。

ふぅと溜息もついてATMを出るときには
あらら。銀行のシャッターが下りている。

はや。
既に午後3時。

いそいそと学校へ。
成績証明書をゲッツ。
卒業オメデトウ。ディア自分。

そしてやっとのことで研究室に辿り着く。

明日は旅に出るというのに
もちろん居残りしてしまいました。


とまぁ。
自分の一日をイベントをつらつら並べて
久しぶりに書いてみたら。

なんか吐き気がしそうになった。


とりあえず明日の準備。進めます。
立ち止まれない
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セカセカすることで紛らわしていた。

眠気で誤魔化してみたりした。

別れはもう慣れたもんだって思いこませていた。

大人になるんだって言いきかせていた。



でもやっぱり
寂しさには勝てそうにもありません。


今回のは特に、厳しいんやろな。
比叡山
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今日は欲張りに写真を。


春を先取りする青空が広がっていた。


あぁ。気持ちええ。

絶好の行楽日和。
っていつぶりだろうか。

雨男にも綺麗な空はたまには味方になります。

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京都は盆地です。

当たり前ですが
ほんまに山に囲まれていることを実感しました。

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春のつらら。

少しずつですが雫が落ちる。



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比叡山は別世界です。

マイナスイオンの有難味を噛み締めていました。

京都を見下ろせてよかったです。



極め付けがこれ。

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昼からビールってのも可笑しいんですが。

ビールもフナキです。

K点越え。

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ほろ酔い交じりで大爆笑。

マジックではありまへん。

一度お試しあれ。


あぁ。一度は昇れてよかった。比叡山。

ミカヅキ
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三日月が鴨川の西側にくっきりと佇んでいる。

今日も綺麗だ。


先生が残してくれたメッセージに
「自分の思いを他の人にも伝えていってください。」
とあって

その言葉が最近頭から離れない。


彼が言った。
「あんたは冷たい鎧を着た人間だ。」


思いやりのある人間を目指しているはずなのに
結局は我が身を優先してしまう自分に気づき

いつになく項垂れてしまう時がある。


まさに昨日は
顔では笑ってても
そんな意気消沈な日だったような気がする。
寝ない
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寝る間を惜しんで…なんちゃら。

と人はよく言う。


しかし僕は起きてる時間同様

寝ている時間も大事だと思っている。


寝ないと余計仕事の効率は悪くなるし

都合のいい夢だって見れないからね。


んだけど…。


やっぱり寝る間を惜しんでみようと思う。

今は心地よい布団の快楽よりも

そこらじゅうに楽しいことが沢山転がっているような気がするから。


すまんね。睡眠。

すまんね。俺の体。



楽しもう。この際。



京都の向こう側
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深夜、大文字に登る。
その道は真っ暗で寒くてぬかるんでもあった。

木々の揉め合う不思議な音に導かれ
僕らはスタスタと大文字を目指す。


で辿り着けば
京都が広がっていた。

御所は黒く染まっている。

北白川のガソリンスタンドの電気代が知りたい。

京都タワーは12時に消燈する。

何処からか車のエンジン音が響いている。



大文字が点火する夏の日。

皆の視線がここに集まるのだと思うと
一人気持ちが高ぶる。


あの景色の向こう側には大阪や兵庫があるんだろうけど
そこまで肉眼では見えないことに安心してみる。


ただ京都が目の前に広がっていた。

僕の2年間がこの場所に凝縮されているんだと

息をつく間もない感動とともに

一人寂しさに耽る。
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